歌助かわら版

落語の魅力をお伝えします

ウタスケ一問一答

皆様から頂いた落語に関する質問・疑問に歌助がお答えします。
質問がありましたらutasuke@da2.so-net.ne.jpまで気楽にメールください。

其のニ五
問 師匠の桂歌丸さん以外で、尊敬する憧れの噺家さんはいますか?

 そうですね。亡くなられた小さん師匠や志ん朝師匠も素晴らしい芸でしたし、文治前会長や柳昇師匠の火の出るような高座をお亡くなりになる前まで舞台袖から拝見できたことをとてもうれしく思います。「この師匠」と限定して憧れている師匠はいませんが、なかなか日の目を見ない師匠でも芸に真剣に取り組んでいる姿は尊敬しております。

其のニ四
問 “兄弟子”“おとうと弟子”とは聞きますが、噺家さんの間でも“同期”ってあるんですか?

 ありますよ。寄席で修業を始めた日がその噺家の年期の始まりでして、見習い期間を経て名前が協会が発行する会員用の出番表(毎月三回発行)に名前が載ります。その日が前座になった日になります。つまり、その時に一緒に名前が載ったら同期ですね。ただ、いま申し上げたのは厳密な意味での同期です。私のまったくの同期は桂平治さんです。ただ、楽屋では一緒に二ツ目になったり真打になったりしたのも同期として考えております。二ツ目はだいたい四年の年期が明けた月ごとに行われますし、真打になるタイミングは半年か一年に一度。半年くらいの差は長くやっていく中で同期になります。

其のニ三
問 落語家でいるために普段から気をつけていることってありますか?

 普段から高座で使えそうな面白いネタを探すよう心がけています。その他、できるだけお客さまに分かりやすい表現をするために、英語を使わないようにしております。でももう日常の会話に溶け込んでしまった英語は訳しようがないですね。例えば、サービスだとかボランティアなどは、日本語の別の言葉に置き換えようとすると違ったニュアンスになってかえって誤解されますのでそのまま使いますが、できるだけ日本語を使おうとしています。

其のニニ
問ドラマ 『タイガー&ドラゴン』は面白かったです!春風亭昇太さんとはお知り合いですか?どんな方ですか?

 春風亭昇太師匠は、ともに前座修業をした先輩にあたります。高座そのままの明るい元気な師匠ですよ。一緒に旅をして、相部屋で金縛りを体験した仲でもあります。

其のニ一

(師匠のサイトの)「一門紹介」を見ていたら、お一人おひとりに出囃子と家紋があるのですね。師匠と同じ家紋の方もいるようですが、出囃子と家紋はどのように決めるのですか?

 そうですね。二ツ目以上の落語家にはそれぞれ決まった出囃子があります。私は地元の民謡「十日町小唄」。お囃子のお師匠さんが決めました。この方がおっしゃるには、わたしは歩くのが早いからテンポが速いものがいい、体が大きいくどっしりとしているので重厚が曲がいいとのことでした…。
 羽織の紋に関しては、必ずその方の家紋をつけるという決まりにはなっておりません。師匠の紋をつけたり、自分の家の紋をつけたり、自分で紋帳にないものをデザインしている方もおります。羽織をお客さまから頂いたら、その方の紋をつけたりとさまざまです。

其のニ十
問 落語ドラマ『タイガー&ドラゴン』で落語に興味を持ちました。落語ブームって言われていますが、やっぱりドラマの影響って大きかったですか?

 ドラマの影響を受けてか、寄席にはお客さまが大勢お見えになっています。それも今までなかなか足を運ばなかった若い世代の方々が増えました。ありがたいと思っております。これが一時のブームでなく長くつづくように努力していきたいと思います。

其の十九
問  先日、夢の中で英語を話していました。噺家さんは、落語で夢をみることはありますか?

 そうですね、新しい噺を覚える頃は、寝てても落語を喋っているような時はあります。もっとも、落語を演じている夢よりも、出番に間に合わない夢をみるほうが多いです。出囃子が鳴っているのに、足袋が履けない、帯が結べないという夢をみます。
 これまでで一番怖かった夢は、前座の頃ですが、師匠に「あれ持ってこい」と言われて、いつもある場所にそれがなくて、探し回っていてどうしてもみつからない。泣きべそをかきながら探している夢が恐ろしかったです。目が覚めて、夢の中で持って来いって言われた「あれ」が何なのか分からない。何を探しているのか分からないのに見つからなくて探し続けているというのは、目が覚めてからも怖かったです。

其の十八
問  歌助って芸名は、師匠にとても合っていると思います。やはり歌丸師匠がつけられたんですか? 何かエピソードがあれば教えてください。

 これまでの私の芸名は、前座では歌児、二ツ目になってから歌助です。名前のおしまいが「すけ」の落語家は多くおります。漢字では「助」「輔」「介」のどれかを使ってますが、人に説明する時、「私のすけは助平のすけ」ですと言っています。
 考えてみると、助の字を使う師匠は本当に助平かもしれませんね。我が協会は、桂米助師匠、三笑亭夢之助師匠のお二人と、その次に私。・・・えー、両師匠の人格に触れる内容ですので、これ以上のコメントは控えさせていただきます。

其の十七
問  噺家さんが所属する団体は、「落語芸術協会」「落語協会」のほかにもあるんですか?

 落語家は師弟関係があってはじめてプロの落語家として認めてもらいます。ですので、師匠が所属している団体に自動的に弟子も所属します。寄席の定席(新宿、浅草、池袋、上野) に出演ができるのが上記の二つの団体です。ほかに団体としては、協会をやめた円楽師匠の一門=円楽党と、談志師匠の一門=立川流があります。その他、個人的な事情でお辞めになって落語家活動をしている人もいますが、こちらは個人でして、団体としては4つあるということになります。

其の十六
問  落語と関係ありませんが、噺家さんにならなければどんな職業に就いていたと思いますか?

 大学入学当初は、噺家になる算段はまったくなく、実は学校の先生になるつもりでした。でも、在学中に噺家の道を目指して方向転換しました。落語家にならなかったら、高校の数学の先生になって野球部の監督をして甲子園を目指していたと思います。

其の十五
問  落語家さんって、今はどのくらいいるんですか?

 東京で450人、上方で150人くらいでしょうか。ちゃんと数えたことがないので、わかりませんが、そんな感じだと思います。合わせて600人くらいです。

其の十四
問  落語家さんの「稼ぎ時」っていつですか?

 寄席がにぎわうのが、お正月、GW、そして8月のお盆の時期です。毎週の休日も平日に比べればお客さまは多くつめかけてくださいます。そこで、出演者の方では、寄席がにぎわっている時に出番が回ってくるのは売れている師匠方で、私ら若手は、寄席が繁盛している時は芸人が皆出たがるので外される場合があります。
 わたしの場合は、やはり“芸術の秋”といわれる9月~11月が方々へ呼ばれて出かけます。暇なのは2、8月、あと3、4月もそれほど忙しくありません。12月は景気がよければ忘年会で余興を頼まれますが、不景気な時は12月も暇になります。

其の十三
問  落語がいつ、どこでやっているか、よく分かりません。

 「東京かわら版」という雑誌があります。毎月、寄席情報を中心に定期的に刊行して おります。それを読むのが一番です。後は各寄席、協会、個人のHPを見るのがいいかと思います。

其の十二

  「寄席」と「落語会」ってどこが違うんですか?

 寄席と落語会とは明確な用語の区別はしにくいですが、寄席は短い出演時間で大勢が出る。落語会は出演者が少ないかわりに一本の持ち時間が長い感じです。
 寄席では、演者が何をやるかお客さまに前もって演目を知らせませんが、落語会と称する会は、よく演目もプログラムに載っております。寄席は落語や落語以外の演芸を楽しみに行く。落語会は落語を聞くのを楽しみに行くといったところでしょうか。

其の十一
問  落語を聴きに行きたいんですが、どこにいけばいいですか?

 落語を中心の演芸を楽しみたい方はいくつかの手段で、落語を聞きに行く事ができます。
 大きく分けて3つあります。

1)寄席
2)ホール落語会
3)地域寄席
その他、落語家の自主興行かどうかと言う味方もあります
 1)寄席は、定席と言われております。一年365日毎日やっている演芸場は東京に5ヶ所あります。新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、鈴本演芸場、国立演芸場です。その他、端席といわれておりますのが、お江戸上野広小路亭、お江戸日本橋亭、にぎわい座等です。こちらは毎月決まってやっておりますが、毎日ではありません。
 2)ホール落語会は、東京の各ホールや放送局、新聞社、出版社等が寄席以外に、演者の持ち時間を長くして、寄席とは違った興行を打つのを言います。月に一度であったりする場合が多いようです。
 3)地域寄席は、東京でしか聴けない寄席演芸を地方でも行います。主催が自治体やそれぞれの文化振興が行うか個人が行うかで規模が違います。大ホールでやるか町内会館や自宅でやるか。間にプロダクションが入って興行を打つか。まったくの個人的なつながりで、芸人を呼んで、落語を楽しむ場合もあります。

芸人主催の会は寄席だと余一会(31日に行う、通常の興行とは違うプログラム)があります。芸人が自ら大きなホールを借りて、会を催すことがあります。芸人の地元ですとか、住まいの近所で芸人主催の地域寄席もあります。

お客様でご贔屓の芸人がいない場合は1、2、3のいずれかを東京かわら版やぴあ、各協会や寄席のホームページを調べてお出かけ下さい。特定の芸人をご贔屓なさってる方は4の形で芸人が主催する会にお出掛け下さるのが良いかと思います。

其の十
問  歌助師匠は古典落語が多いようですが、ご自分で落語をつくったりしますか?

 新作もつくります。こんなふうなストーリーで落語ができないか、いつも考えいます。歴史小説などを読むと特に思います。私は新作といっても、時代設定は古かったりしますので、古典の臭いがする噺が好きです。

其の九
問  歌助師匠の好きな演目は何ですか?

 どんなジャンルも演じて楽しいですが、与太郎さんが一番合ってるかもしれません。普段ボーッとしたところが似てます。聴いてて楽しい噺は好きです。音楽のように聞いてます。

其の八
問  江戸の言葉(江戸弁)ってどこかで勉強できるんですか?

 江戸弁は落語を通じて学びます。すべて口移しで教わりますので、師匠の口調から身に付けてきます。

其の七
問  寄席の出番がない日は何をして一日を過ごしていますか?

 出番がない日は、稽古をしたり、新しいネタを考えたり、取材をしたりします。また、落語家は落語以外にも通人で、色々な趣味や習い事をしております。踊り、三味線、唄、俳句や和歌、囲碁、将棋。こういった和物のほかにも、洋ダンスや洋楽器が得意で、趣味を生かして仕事をしています。スポーツを通じて多くのお客様と交流を深める場合もあります。ゴルフ、野球、サッカー、卓球等です。私は習い事では日本舞踊と東八拳と囲碁を趣味にしております。街道歩きも好きです。スポーツは野球でして、高校まで野球部でした。

其の六
問  江戸落語と上方落語では、どこが、何が違うのですか?

 まず、成り立ちが違います。大阪では盛り場で始まり、江戸ではお座敷で始まりました。ですから芸の雰囲気が違います。
 ネタも違います。上方は商人が多く出て来ますし、江戸落語はお侍様の噺が多いです。また、使える道具が、上方は高座の座布団の前に見台という台とひざ隠しを置いて、前から見ると講談の釈台のように見えます。柝拍子という小さい柝を持って見台を叩いてにぎやか雰囲気や場面転換の時に使います。江戸落語はそういう物はありません。

其の五
問  前座から二ツ目、二ツ目から真打ちに上がる時に、芸名を変える噺家さんがいますが、それはなぜですか?

 前座は、師匠や落語界にとって卵やひよこです。二ツ目になって、ようやく一本立ちができるのです。
 真打で免許皆伝です。相撲に例えますと、前座が序の口、序二段、二ツ目が、三段目、幕下。真打が十両、幕内です。前座のときは、それに合った名前を師匠が考えて付けてくれます。それ以降は、師匠と相談して二ツ目の時に名前を変える人や、真打になって変える人、昇進の度に変える人などいらっしゃいます。また、前座からまったく変えない人もおられます。

其の四
問  落語家さんには、「前座」「二ツ目」「真打」って呼び名があるようですが、それは階級なのですか?

 階級、身分、修業段階など、言い方が違いますが、階級と言っても差し支えないはでしょう。その違いは、着る物にも現われます。
 その他に、名入りの手拭いを染められるのは二ツ目以上。真打はその上、扇子も名入りの物を作って、お客さまや業界関係者に配ります。寄席興行の責任を任され、一番最後に上がります。呼ばれ方もさん付けから師匠となり、弟子を取る事が許されます。

其の三
問  落語家さんの衣装や小道具には、何か決まりはありますか?

 落語家の小道具は扇子と手拭いのみ。これは前座も二ツ目も真打も変わりません。
 衣裳は、前座は着流しです。紋付きは着てはいけません。袴もいけません。二ツ目に昇進すると、紋付の着物と袴を拵えて、正式な落語家の仲間入りです。真打も衣裳の上では二ツ目と同じです。

其の二
問 「落語」って、いつ頃からあるんですか?
答  落語の始まりをいつからとするかは、歴史研究の方によってまちまちですが
 大きく分けて4つの説があります。

<その1、鎌倉時代の説法>
 日本でこのころ興った新しい宗派のお坊さんが、辻説法の中で民衆を楽しく笑わせた後、お釈迦様の教えを分かりやすく説きました。その笑いの部分は、今の落語に受け継がれています。ですから鎌倉時代のお坊さんという説。

<その2、御伽衆(おとぎしゅう)>
 戦国時代に、各武将は御伽衆を連れて戦っておりました。御伽衆とは、武将の側近で、参謀として作戦を立て意見をいうほかに、兵士たちに士楽しく為になる話しをし、士気を高めたそうです。その話の内容をまとめた本が、『醒睡笑(せいすいしょう)』。書いた人は、安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)です。偉い御坊さんだったそうですが、この方を落語の祖と言う方もおります。醒睡笑の中には、今我々が噺している落語や小話がいっぱい入っています。

<その3、鹿野武左衛門、露の五郎兵衛、米沢彦八の三人>
 江戸時代のこと。この三人が、江戸、京、大阪でほぼ同時に面白い噺をする会を開いていました。江戸落語の祖は鹿野武左衛門と言う方もおります。今の「武助馬」を演じてました。ただ、お上から取り締りを受けて、島流しにあったため、この方が作ったお笑いの流れはいったんは途絶えてしまいます。

<その4、初代・三笑亭可楽>
 下谷神社の境内に、木戸銭をとって初めて落語を興行として成功させたのはこの方です。それは、鹿野武左衛門が登場してから何十年か後のこと。江戸中の大人気となりました。三題噺の会を開き、即興でお客さまから貰った題で落語を作り演じたそうです。城木屋という落語がそのうちの一つです。たくさんお弟子さんができまして、今の江戸の落語家はすべてこの方の子孫と言ってもいいでしょう。

 ほかに、「職業としての落語家か」「座布団に座って演じたか」「笑い話と落語との境の決め方」「語り部と落語の境目」「小道具を持っているかいないか」によっても見解は違ってきます。

其の一
問 落語はテレビ番組の「笑点」でしか聴いたことがありません。今度、寄席に行こうと思うのですが、予備知識がなくても楽しめますか?

 もちろん楽しめますよ。落語は生が一番です。テレビよりずっと楽しい時間が過ごせます。
 寄席では、落語以外に、漫才や講談、小唄、曲芸、手品、紙切り、西洋の楽器を使った漫才、コントなどなど、楽しい番組が盛りだくさんです。是非、お出掛けください。